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文学的センスがなくても芥川賞は獲れる
「東京新聞」筆洗(2006/9/2付)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/hissen/20060902/col_____hissen__000.shtml

>「八月のをはり、私は美しいものを見た」。太宰治のよく知られた掌編小説
>『満願』の一節だ。作家辺見庸さんは近著『いまここに在ることの恥』(毎日
>新聞社)で、一九三八年にこの作品を仕上げた太宰の“得意”に違和
>をもった。
>病中の夫を慮(おもんぱか)って三年間、我慢していた婦人が、医師の許し
>が出て、満願かない、小躍りする様子に、太宰は「胸がいっぱいになった」
>と書く。歴代の評論家も表現のうまさに感じ入るが、辺見さんは
>うまさの分がひっかかる。
>作品の「近景や遠景に、国家総動員法や南京大虐殺と
>いった光の屈折や血の臭(にお)いを想像し、必死で助けを
>求めたであろうはるかな遠音(とおね)に耳をすますとき、時代を超えて恥は
>躰(からだ)の内側から青痣(あおあざ)のように浮き出て」いなければと。
>辺見さんが同書で「戦後最大の恥辱」と言ってはばからないのは、二〇〇三
>年十二月九日、自衛隊のイラク派遣閣議決定の日に、小泉首相がその論拠
>を憲法前文にあるといったこと。「最悪の憲法破壊者がまったくデタラメな解釈
>で平和憲法の精神を満天下に語って見せた」ことに「およそ思想を語る者、
>あるいは民主主義や憲法を口にする者は愧死(きし)してもいい」と憤る
><こゑのみでひとのかなしさ知る茶房背中あはせの顔は見えねど>の静謐
>(せいひつ)な歌詠み、岩田正さんの<九条の改正笑ひ言ふ議員このちん
>ぴらに負けてたまるか>の憤怒を、小泉政治が終わる〇六年の時代相に
>重ねて。
>改憲を掲げる有力後継、安倍晋三氏が一日、自民党総裁選に立候補表明
>した。「美しい国、日本」と言挙げしつつ。

以前には少年時代に読んだプロレタリア文学を引いた筆洗子だが、今度は辺見庸(芥川賞作家)だ。

その前に太宰の「満願」に目を通しておこう。タイトルを言われてもピンと来なかったが、遠い昔に読んだ記憶がある。受験勉強で読んだのかもしれない。短編というより掌編というべき小品だ。

冒頭、「これは、いまから、四年まえの話である。」で始まる。フィクションなので事実かどうかを詮索するのはヤボだが、この「満願」が発表されたのは1938年9月号の「文筆」で、そこから逆算すると1934年の話になる。文中に出てくる「ロマネスク」が発表されたのが1934年12月号(創刊号)の「青い花」なので事実に符合する。

こんな短い小説だが、舞台となる時代が、小学校教員が3年間も療養生活を続けられる(勿論仕事など出来ようハズがない)とか、この頃すでに夏はビールだとか、若い女性が着物ではなくワンピース(簡単服)を着ているとか、新聞が5紙も発行されているといったことが分かる。

また、太宰の年譜を読んで太宰が薬物中毒で入院中に内縁の妻初代が密通していた(笑)のがこの小説の書かれた年であることを知ると、太宰がなぜ「三年、と一口にいっても、――胸が一ぱいになった。」のか薄々分かって面白い。

こういうのが「行間を読む」というヤツで、辺見のように、酔っぱらって自転車で転んで出血したからこの小説は血の臭いがするなどと言うのは単なる妄想に過ぎない。

さすが平壌支局が許可された共同通信の元記者(ベトナム駐在)だけのことはある。「満願」を読んで「必死で助けを求めたであろうはるかな遠音(とおね)」が聞こえてくるようならさっさと入院した方がよろしい。何でも2年前に脳出血で倒れたそうだからマトモな判断を期待するのが無理なのかもしれない。

ちなみに南京陥落は1937年12月13日国家総動員法制定は1938年4月1日である。書かれた時期は符合するが、牽強付会もいいところで、辺見庸の文学的センスはゼロと言っていいし、こんなヨタ話を真に受けて嬉々として引用する筆洗子の程度も知れたモノだ。
by haruhico | 2006-09-03 13:53 | バカ | Trackback | Comments(2)
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Commented by atsu at 2006-09-06 01:32 x
辺見庸、恥ずかしながら私の高校の先輩なんです。
本当に恥ずかしくて、人には言えません。
Commented by haruhico at 2006-09-10 20:07
>atsuさん
たしか彼も石巻出身でしたね。困った先輩ですね。
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