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雖然知道但無法停止
by haruhico
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漱石の「坊ちゃん」を"読んだ"ことがありますか?Part2
親譲りのケチん坊で子供の頃から損ばかりしている。

正月の記事を書く際の下調べで、とある推理小説を発見して以来頭からそいつが離れない。Amazonで調べると出版元は朝日新聞社だという。なに、1575円くらい財布の中に何時でもあるが、朝日新聞に金を恵んでやるくらいならブックオフで買った方がよっぽどいい。105円コーナーにあれば万々歳だ。

正月からブックオフに行ってハタと気づいたのだが、作者の名前を憶えてくるのを忘れた。仕方がないので「このミス」のバックナンバーを片っ端から立ち読み(笑)する。面白ければランクインしている筈だから、それを見ればいいと思ったのだ。

しかし、読めども読めども出て来ない。目立つタイトルだから見落としはないと思うが、過去5年まで遡っても巻末の審査対象となる小説の一覧以外全く触れられていなかった。それ以降ブックオフを数軒見て回ったが、同じ作者の他の本は2、3冊見かけたものの肝心の1冊が見つからない。仕方がないので高田馬場の芳林堂書店で泣く泣く購入した。


柳 広司「贋作『坊っちゃん』殺人事件」(朝日新聞社・2001)

表紙は「赤シャツ」と「野だ」が頭に描いたはずの「ターナー」の絵らしい。なんとも小憎らしい装丁だ。

内容は「坊っちゃん」の後日譚の体裁を取っている。

版元のアオリは

松山から東京に戻った3年後、山嵐と再会した“坊っちゃん”。赤シャツの自殺の真相をさぐるため、2人は再び松山に向かったが……明治日本を裏側からみた驚愕の結末!

というものだ。何でも「朝日新人文学賞」受賞作らしい。聞いたこともない文学賞だ。15回もやっているのに知った顔が馬券オヤジの乗峯栄一しかいない。大方ロクな賞ではあるまい。

漱石を基にして書かれた推理小説といえば"無冠の帝王"にして"推理小説界の欽ちゃん"である島田荘司の直木賞候補「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」(集英社・1984)がある。奥泉光の「『吾輩は猫である』殺人事件」(新潮社・1996)というのもあるらしいが、あんな鰹節削りみたいな分厚い本はせっかちの江戸っ子には我慢ならんので未読だ。未読の本をしたり顔で語るほどおれは軽薄ではない。

そういえば山田風太郎の「黄色い下宿人」(初出 「宝石」1953/12 「眼中の悪魔」光文社文庫に収録)というのもある。これはホームズ譚の贋作(パスティーシュ)で漱石は一登場人物に過ぎない。

既存の小説の続きに推理小説を持ってくる手口といえば岡田鯱彦の「源氏物語殺人事件(薫大将と匂の宮)」(初出 「宝石」1951/4)がある。源氏物語の宇治十帖の続きを本郷の古本屋で手に入れたという設定で、紫式部と清少納言が推理合戦を繰り広げるという筋だ。戦後直ぐの小説だから用紙制限もあって内容の割に短い。今は亡き旺文社文庫が最初に文庫化したが、現在は扶桑社文庫で手に入る。長尾誠夫の第4回サントリーミステリー大賞読者賞「源氏物語人殺し絵巻」(文芸春秋社・1986)というのもある。その内読もうと思っていて未だに読んでいない。要は手口としてそんなに新味のあるものではないということだ。

山手線に乗るなり読み始める。冒頭の2ページを見れば分かるように本文の2/3は「坊っちゃん」の表現そのままだ。成る程「贋作」と銘打つだけのことはある。

大半の読者は遠い昔に「坊っちゃん」を読んだ程度だからこれくらいクドい方がいいのだろうが、こちとら半日も経たない内に読了したばかりだ。行きと帰りに別の道を通りたがる「武蔵野」精神の持ち主であるおれには大変苦痛であった。これから読む人は「坊っちゃん」を読んで1週間くらいしてからこちらを読むことをお勧めしておく。

街鉄の技師になって3年になる「おれ」のところに炭鉱で働いていた「山嵐」がやってきて、天誅を加えた翌日に「赤シャツ」が無人島の青島にある「ターナーの松」で首を縊って自殺したという。真相を探りに松山に降りたった2人は事件後「野だ」が癲狂院に入れられたことを知る。「野だ」は毎日毎日「ターナーの松」に縊られた「赤シャツ」と「マドンナ」の絵を書きつづけていた…。

野だがどんな赤シャツの絵を書いているのか一寸引用してみよう。
野だは、最後に絵筆を持ち替え、男の襟元にさっと一刷毛の朱色をはいた。白と黒の絵の中で唯一の色-途端にそれは男が身につけた赤い色のシャツとなって浮かび上がる。(P.56・太字はharuhicoによる)
流石に(笑)作者に手落ちはない。

既視感(デジャヴ)に辟易しながら読み進めると、だんだん「坊っちゃん」という小説が肝心なことを何も説明せずに猛スピードでオチをつけてしまった事が明らかになる。

なぜ、「おれ」が天婦羅や団子を食ったことが学校中に知れ渡っていたのか。
なぜ、生徒の出した幾何の問題も解けないような「おれ」が呼ばれたのか。
なぜ、バッタが布団の中に入っていたのか。
なぜ、寄宿舎で暴れた生徒はシラを切り通したのか。
なぜ、「おれ」の前任者のことを誰も語らなかったのか。
なぜ、船中の「赤シャツ」と「野だ」の会話が途切れ途切れなのか。
なぜ、「山嵐」が周旋した「いか銀」の下宿に「野だ」が住んだのか。
なぜ、清からの手紙は遅れて届いたのか。
なぜ、寛大な措置を取ることに「野だ」は「徹頭徹尾賛成」なのか。
なぜ、中学と師範は喧嘩になったのか。
なぜ、新聞記事に「6号活字の訂正」しか出なかったのか。
なぜ、「山嵐」は免職になり、「おれ」は辞表を出す必要がなかったのか。
なぜ、「山嵐」と「赤シャツ」は「到底両立しない人間」なのか。
なぜ、「赤シャツ」と「野だ」は巡査を呼びにいかなかったのか。
etc.

この質問をされて、該当の個所が分からないような唐変木はさっさと「坊っちゃん」を読み直すことだ。手元に文庫がなきゃ「青空文庫」で全文検索するがいい。

放置された謎に適当な解を当てはめていく過程で「おれ」の目の前に広がる風景はガラリと入れ替わり、突如床板を踏み抜いて転落したような錯覚を受ける。「火事が凍って石が豆腐になる」とはこのことだ。これだけの「ドンデン返し」は山田風太郎の「十三角関係」(大日本雄弁会講談社・1956)か麻耶雄嵩のデビュー作「翼ある闇」(講談社・1991)くらいしか思い当たらない。

だが、踏み抜いた床板の厚さは2作の比ではない。なにせ小学校からの思い込みが全て崩れ去るのだから。

途中で「朝日新人文学賞」の応募作であることを知っていると嗤える記述があって、よくこんな小説を朝日新聞は受賞させたものだし、作者も送りつけたものだと感心するのだが、最終章でその感心もひっくり返される。なるほど賞に受かるとはこういうことかと合点する。審査員と喧嘩して賞を取った話など古今東西見当たるまい。(ちなみに審査員のなかには前述の奥泉光がいる・笑)

読了までおよそ2時間半。一気呵成に読み終えた。昨今の新本格キチガイは、犯人探しだの、動機探しだの、トリック探しだの、そういう事ばかりやってるからこの本の価値が分からんのか、「坊っちゃん」自体を読んだ事がない「ゆとり教育」世代なのか、「このミス2002年度版」で黙殺されるような推理小説では決してない。大方日本近現代史の授業中も推理小説ばかり読んでいたのだろう。

京極堂だの森だの清涼院だのを有難がる輩が多いが、ワープロで400000字以上打つのが偉いなら、タイピストはみんなノーベル文学賞だ。たかだか200ページほどの単行本だが十分満足した。ベスト10は厳しいかもしれないが、ベスト20には絶対入れたい傑作だと推奨しておく。

どう考えてもテレビ化は不可能(笑)な作品なので、中身を知りたければ、立ち読みするなり、図書館に頼むなり朝日新聞に金が行かないように行動するのが賢明だろう。間違っても万引きなどはしないように。単行本が出て3年程経つのでそろそろ文庫化してもおかしくない。出来れば創元推理文庫あたりで文庫化してくれないだろうか。
by haruhico | 2005-01-16 16:07 | 書評
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