雖然知道但無法停止
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カテゴリ:書評( 15 )
消えた手品師
本格推理小説の名手、作家の泡坂妻夫さん死去
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20090204-OYT1T00506.htm
奇術的なトリックを取り入れた本格推理小説の名手で、直木賞作家の泡坂妻夫(あわさか・つまお、本名・厚川昌男=あつかわ・まさお)さんが3日午後6時36分、死去した。75歳だった。喪主は妻、耀子さん。
 東京生まれ。紋章上絵師の家業を継ぐ傍ら、趣味で多くの創作奇術を発表。1976年、名探偵・亜愛一郎(ああいいちろう)の登場する「DL2号機事件」(幻影城新人賞佳作)を発表し作家活動を始めた。奇術がテーマの「11枚のトランプ」や日本推理作家協会賞の「乱れからくり」、夢幻的なサスペンス「湖底のまつり」などで評価を受け、本そのものに仕掛けのある「しあわせの書」「生者と死者」など奇想天外なミステリーを次々と発表した。
 90年には職人の世界を描いた「蔭桔梗」で直木賞を受賞。時代小説も多く手がけた。88年「折鶴」で泉鏡花文学賞。
 3日昼に体調不良を訴え、病院に運ばれた。
 ミステリー作家の有栖川有栖さんの話「紙の上でマジックするようなトリッキーな世界を展開し、謎が鮮やかに解かれる美しさを描いた。人をだますことにかける情熱は芸術的で職人的な創作姿勢を尊敬していた」
一昨日注文した「幻影城の時代 完全版」が今日届いた。
そこへ「幻影城」の第1回新人賞佳作でデビューされた泡坂妻夫氏の訃報。虫が知らせたのだろうか。
泡坂氏は大塚在住だったはずで、一度だけ高校の帰り道に山手線で出くわしたことがある。ミステリー好きの同級生とサイン貰おうかとヒソヒソ話したことを未だに覚えている。

愛読者というほどではないが、泡坂氏の初期作品はほぼすべて読んでいるし、中期くらいまでは大体持っている。読んだものの中でベスト5を挙げると

「湖底のまつり」(創元推理文庫)
「乱れからくり」(創元推理文庫)
「しあわせの書」(新潮文庫)
「花嫁のさけび」(講談社文庫・絶版)
「喜劇悲奇劇」(角川文庫・絶版)

最初の頃は「乱れからくり」の方を高く評価していたが、読み返すごとに「湖底のまつり」の方が上になってきた。「しあわせの書」は日本のミステリー史に残る空前絶後の異色作で、未読の人は新刊で買えるうちに是非読んで欲しい。

短編はどれを取っても傑作揃い(中でも「掘出された童話」[『亜愛一郎の狼狽』収録]は別格だが)なのであえて優劣はつけない。代表作「11枚のとらんぷ」は何度読んでも面白いと思えず、異論も多いだろうが敢えてランク外。

実はまだ「猫女」「迷蝶の島」「妖女のねむり」「ゆきなだれ」「生者と死者」といった中期の長編が買ったまま本棚に眠っている。これ以上生まれることのない泡坂作品だけにじっくりと味わいたい。

謹んでご冥福をお祈りします。
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by haruhico | 2009-02-04 22:44 | 書評 | Trackback | Comments(0)
「お宝」発掘
会社帰りにふとあることを思い出した。

そうだ、どこかで聞いたことがある名前だと思ったら・・・。

あの時ググったのをすっかり忘れていた。

あんな事をするヤツだから十中八九間違いない。

と本棚の片隅から古い同人誌(両面コピー・60P)を引っ張り出してきた。
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常々言っているように私は「相田みつを」が大嫌いだ。

だから、このようにあの下手くそな字と内容の空疎さをおちょくるネタは大好きだ。

で、なぜ、このタイミングにこの同人誌なのか。答えは奥付にある。
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著者が今話題の外山恒一氏なのである。

買ってから数年後、奥付に著者名しかないのでググったら政治活動家だということが分かった。奥付の住所が福岡市なのでまず間違いないだろう。

今回、Wikipediaを見たらちゃんと載っていた。ただし、見れば分かるように切り張りではなく外山氏の自筆だと思われる。同路線である清水ちなみの「いんげんだもの」が2001年発売だから5年ほど先行していることになる。

この時期に「太陽の季節」の書評を書いても問題ないように、「前衛芸術家」外山恒一氏の作品評を書いても問題なかろう。

それにしても、何の予備知識もなく買った同人誌が、10年後にこんな役に立つとは。世の中は広いようで狭いモノである。

念のために一応言っておく。
コレでアクセス数が急増したら、私はビビる。

中身を見たいよね(笑)
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by haruhico | 2007-04-07 12:35 | 書評 | Trackback(1) | Comments(4)
ボストンからの「シベリア超特急」
元ネタ:スゴイ奴が来るらしい

子供の頃からクラシックは苦手だった。何しろ膨大な曲数があり、演奏家だって星の数ほどいる。何を聴いたら良いんだかサッパリ分からない。特に交響曲は何を聴いても同じに聞こえる(「運命」と「第九」と「新世界」の区別くらいは付くが)。

高校の時の親友がクラシックファンで、休みの日には「第九」を5枚だったか6枚だったか聴き比べをするというのを聞いて呆れたことがある。何でわざわざ同じ曲を(まして、どれも同じに聞こえる交響曲を)色々買いそろえて聴くのか。「~ならこの1枚」という定評のあるCDが1枚あればいいんじゃないの?としか思えなかった。

そんな私にも縁あって好きなクラシック曲が3つある。ヴィヴァルディの「四季」、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」、リストの「超絶技巧練習曲」だ。

「四季」はたまたま家にイ・ムジチ合奏団のカセットテープ(1959年版・Vn:フェリックス・アーヨ)があり、それこそすり切れるほど聴き込んだ。引っ越しのドサクサで紛失してからはしばらく聴いていなかったので、先日同じイ・ムジチ合奏団のCD(1982年版・Vn:ピーナ・カルミレッリ)を手に入れて聴いてみたらあまりの違いに驚いた。少なくともカルミレッリ版はくつろぎたい時に聴くものではない。ちなみに好きな順に「夏」「春」「秋」「冬」。

「超絶技巧練習曲」は代ゼミの矢木先生が授業中に勉強の仕方を話す際に話題として取り上げていて、大学に入ってから何の気なしにラザール・ベルマンのCD(1963年版)を購入した。選んだ理由はジャケットが格好良かった(爆)ことと帯の「リヒテルと私が四手でかかっても、ベルマンには敵わない―エミール・ギレリス」という惹句が意味ありげだったことで、あとで調べるとこれもアーヨ版の「四季」同様定番中の定番(にもかかわらず現在絶版・泣)ということが分かった。買ってすぐ聴いた時に「前奏曲」と「練習曲 イ短調」の壮絶な弾きっぷりにシビレたが、しばらくして全く聴かなくなってしまった。

先日、ひょっこり思い出して聞き始めたらまたハマってしまい、あるピアニストの演奏評を読んで、アメリカのamazonで片っ端から「超絶技巧練習曲」を試聴したが、どれ1つとして満足行く演奏がなかった。他を聴けば聴くほどベルマンの「Mazeppa」(リンク先は1956年版)が尋常でないのかが明らかになってくる。名盤といわれる所以であろう。

最後に今回聴きに行った「ゴールドベルク変奏曲」である。

私が小学生の頃、オヤジがシーラ・オストランダー「スーパーラーニング」(朝日出版社)という本に影響されて(確か本の中で勧めていたハズ)買ってきたのがグールドの1955年版疑似ステレオ録音のカセットだ。カセットがFeCr(TypeⅢ)のDUADだったことを未だに覚えている。買ってきた時期を考えると81年版はまだ発売されていない。これも「四季」同様カセットがすり切れるほど聴いたし、ライナーノーツも読み込んだ。

55年版を聴いていて何かヘンな音が混じっているなと思ったがその謎は高校の音楽の授業中に解明された。月一くらいのペースでオペラやクラシックのビデオを見るのだが、そこでたまたまグールドについてのビデオを見る機会があり、演奏しながら鼻唄を大音量で唄っている(録音中なのに!)事が分かった。意識して聴き直すとやっぱり唄っている。55年版は録音技術者が一生懸命消したとみえて幽霊の声のようにしか聞こえないが、1981年版はハッキリと聞こえる(苦笑)。しかも旋律と関係ない(爆)!一人静かに部屋で聴いていると突如として背中の方から謎の声がするのはやっぱり気味が悪い。

81年版を最初に聴いたのはいつのことだろうか。大学に入ってからは間違いないのだが、最初のアリアのテンポが遅い上に55年版が頭に叩き込まれていたせいか、繰り返し部分を冗長に感じて酷評していたが、今、書きながら55年版(38'24)と81年版(51'20)を聴き比べて(すでに書き始めて1時間半以上経過・苦笑)みると意外に81年版はメリハリが利いている事を発見した(81年版を通して聴いたのは数年ぶり)。遅いことは確かに遅いのだが、曲によっては55年版より速いのでは?と思える部分もある。55年版が一本調子にスピードとシンプルさを追求したとしたら、81年版はトータルバランスを追求したと言えるだろう。よくよく考えれば、55年版のカセットを紛失したあと、長い間この81年版とコープマンの演奏ばかり聴いていたのだから全く合わないということもないのだ。

81年版を嫌いになった理由の1つは、浪人時代にお茶の水のディスクマップでコープマン「ゴルトベルク変奏曲」(87年録音・62'21)を聴いて衝撃を受けた事もあるだろう。某所で酷評されていて、読むごとにカチンと来るが、全編これ装飾音の固まりで、55年版のあっさり味に対してコテコテの重厚な味わいながら、それでいて装飾音の量がハンパじゃなく多いため、演奏時間が81年版より10分長いにもかかわらず演奏者が音を紡ぎ出すスピードは決して遅くはない。派手な演奏だが遊び心があって何度聴いても飽きない。

その後、たまたまブックオフで手に入れたのがピノックの「ゴルトベルク変奏曲」(80年録音・60'45)。コープマンとピノックがチェンバロ(グールドとシェプキンはピアノ)なので対比しやすいのだが、コープマンが数学的秩序を保って最後のアリア以外の反復を同じ形に整えているのに対して、ピノックは曲ごとに反復の型を変えているので、コープマンを聞き慣れている耳には予期しない音が突然飛び込んでくるので心臓に悪い。また、全体の演奏時間はコープマンより短いものの(実際は反復を飛ばしているから短いだけ)、スピードが命の第12変奏を蠅の止まりそうな遅さで弾いたりして、間延びした印象を受ける。その点を除けば過剰さのない教科書的演奏で、グールドやコープマンの良さを測る物差しとなる演奏とも言える。

「ゴールドベルク変奏曲」に対する私の立ち位置はこの辺にして(笑)、そろそろコンサート当日のお話に。

あらかじめコンサートに行くと言いふらしていたので、ほぼ定時で仕事場から離脱。明日トラブルになっていないかちょっとコワイ(苦笑)。

開場時間を30分勘違いしていて、現場に着くと外に当日券を待つ人の列しかいなかった。

早めに来たのは、前に引用したのとは別の毎日新聞の記事で触れられていたCDの販売がお目当てだったのだが、仕方がないので近くの商業施設の本屋で時間を潰す。

開場時間を少し過ぎたあたりで戻ってきたので、会場前の行列は見なかったが、クロークが混雑していた。クラシックのコンサートだとこんなモノがあるのかと感心した。預けても良かったのだが、帰りが大変そうなのでCDを即売しているところへ直行する。シェプキンのCDを全部持ってきたのかと思いきや、販売しているのは「THE GOLDBERG VARIATIONS」のみ(@2500円)。ただし購入者には終演後サイン会の特典が(驚)。もちろん一も二もなく購入する。

席についてあたりを見渡す。ステージにはスタインウェイのピアノが1台ポツンと置かれている。舞台から向かって左手の席なので手元が余りよく見えない。

空いてる席は結構あったが、私の席は2組の2人組の谷間でちょっと窮屈。座ろうとした瞬間、コートの裾が隣の席にかかって隣のオヤジが嫌そうに咳払いをする。うわっ、感じ悪。まだ演奏前なんだし堅いこと言うなよ。

座ってみるとさすがはS席、前回神奈川県立音楽堂に行った時(自由席だけど)には前の席との間隔が狭くてエコノミークラス症候群一歩手前になったけど、今回は足許がゆったりしていてのんびり出来る。

リアル知人がウチの記事を見てチケットを取ったらしいのだが、私よりずいぶん後に取ったのに私より一列前だという。席番号のあたりを見てもまだ誰も座っていない。とりあえず広告とプログラムに目を通す。

このトリフォニーホールは「ゴルトベルク変奏曲」にこだわりがあるらしく、年内にあと3回もこの曲のコンサートがあるという。それぞれアコーディオンとパイプオルガンとピアノと、演奏家だけでなく楽器までも様々に取り揃えている。中でもパイプオルガンの「ゴルトベルク変奏曲」というのは全く想像がつかないので、土曜日(10/20)だし、余裕があったら聴きに行ってみたい。

演目は

J.S.バッハ/カプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」変ロ長調 BWV992 (1704)
ソフィア・グバイドゥーリナ/シャコンヌ (1962)
J.S.バッハ/ゴルトベルク変奏曲 ト長調 BWV988 (1741-2)

で、クラシックに暗い私はもちろん前の2曲を全く知らない(苦笑)。

プログラムを読むと古典的なバッハと前衛的なグバイドゥーリナを取り合わせてレパートリーの幅の広さを見せつけようとしているようだ。

開演近くになってようやく知人が席に着いた。時間も時間だし、とりあえずアイ・コンタクトだけとっておく。

開演時間になってシェプキンが入ってくる。拍手の中観客にお辞儀をする。ダランと垂らした両腕の位置が何かヘンだ。よく見るとさすがに大きな手をしている。

聴いたことがないので、全体よりも個々のフレーズに目が行き、数学的厳密さをもって積み上げられている感じを受ける。いかにもバッハ的だが、既にRealAudioで聴いているシェプキン独特の「軽さ」も随所に見せていた。

これを書くために調べていたら、グールド以前の「ゴールドベルク変奏曲」として著名なWanda Landowskaの「Legendary Performers: Landowska」にこの「最愛の兄の旅立ちに寄せて」が「ゴールドベルク変奏曲」全曲と共に納められているのは単なる偶然の一致だろうか。

1曲弾き切っていったん下手へ。どうもこの辺のクラシックのお約束というのが分からない。拍手の量もそんなにせんでもいいのでは?というほど1曲目から飛ばしている。

2曲目は作曲者すら知らない現代曲。曲としてはいつ「芸術は爆発だ!」(by TARO)と叫んでもおかしくないような(古い喩えだが)1曲目とは対照的な曲。というか、火曜サスペンス劇場の効果音を延々と聴かされている感じここの1曲目にサンプルがあります)。フォルテシモが力強く、技巧的なところも聴かせる。シェプキンのレパートリーに「超絶技巧練習曲」のNo.8 Wilde Jagdがあるのも頷ける。

さあ、指慣らしが済んでいよいよ本番、と思いきやここで20分の休憩ということでずっこける。次は1時間を超える(シェプキンのCDだと71'53)の大曲だけにいったん間を置きたいのか。

観客がゾロゾロ席を立って周りに空席が出来る。こんな幕間があるならココを目指してちゃんと仕事してくれば良かったか(笑)。

知人が席を立ってこちらにやってきた。2月一杯仕事が詰まっていて、ようやく解放された(ムリヤリ離脱してきた?)ので一息つくためにこのコンサートに来ることにしたという。ついでに銀座の吉村芳生さんの個展も見てきたというので感想を聞いた。もちろん私はとっくの昔に行ってきている(忙しくて記事を書く余裕がないだけ)。知人は今回見に行くのが初めてなので、2回目の私とはちょっと違った感想。評価が高いことには違いないのだが。

また隣のオヤジが戻ってくると煩そうなので、世間話も早々に打ち切って小用を足しに行く。ついでにCDの売れ行きを見ると完売していた。まあ、サイン会が付かなくても日本ではまだ入手困難なCDだからアタリマエだろう。

戻ってくると隣の夫婦は席に戻っていた。あたりを見渡すとポツン、ポツンと空席があるもののだいたい埋まっている。値段が値段だし(知人も値段で決めたという)まあ妥当なところか。ところが、幕間が終わりかける頃、突然隣の夫婦が席を立った。これから大一番だというのにどこへ行くのか。曲に入ってから戻ってくるなんて大迷惑だろ?と思っていたらそのまま帰ってこなかった(爆)。何か急用でも入ったのだろうか?

記事を書いてからずっとRealAudioをヘビロテで聴いていたので特に違和感もなく入れた。モチロン生音が心地いい。CDとライブでは全く違う演奏家もいるらしいが、どちらかといえばライブでもCDに近いパフォーマンスを出せるタイプのようだ。

RealAudioで聴き慣れた第2変奏まででもミスタッチらしきものは認められたが、名にし負う難曲だけにライブならこの程度は仕方ないのだろう。

Amazonの方にしかRealAudioがなかった第5変奏で局面が一変した。CDの演奏自体充分に速い(1'20)のだがグールドの演奏(55年版、81年版ともに0'37)の領域の速弾きだ。

実際に演奏しているのを見て改めて思うが、この曲は元々2段鍵盤のチェンバロ用に作曲された曲で、チェンバロなら手の上下動で弾けるところも1段鍵盤のピアノでは遠く離れた鍵盤を飛び飛びに叩くことになる。CDより明らかにスピードアップした反面、明確なミスタッチが目立つようになる。

クラシックのコンサート自体が初めてなので、どの程度のミスが許容範囲なのかは分からないが(CDはリテイクがあるのでライブと単純比較してはイケナイことくらいは知っている)生で見る技巧に凄みをおぼえるものの、果たしてそんな無茶をする必要があったのだろうかとも思う。他にも第20変奏あたりも明らかにスピードオーバーでまるで「シベリア超特急」(違)。あまりに速すぎて見ている方がドキドキする。

初コンサートの心配のあまりRealAudioを聴き込んで行ったのが失敗だったか、あら探しのような聴き方になってしまったが、CDを聴き慣れていてもライブでまた違った面を見せられるというのは営業上良いことなのだろう(全く同じならCDを聴いていればよいのだし)。

終演後万雷の拍手でシェプキンがお辞儀すること6回。4000円ぽっちでアンコールを要求すること自体ド厚かましいか(爆)。後にサイン会もあることでそのまま終幕。皆が拍手している中、速攻で立ち上がった人達はサイン会目当てだろうか。

知人と合流してサイン会の列に並ぶ。出口が混んだせいでなかなか列にたどり着けず、ほとんど最後尾に並ぶ。シュリンクの上からサインしてもらうわけにも行かずシュリンクを破ろうとするが、国産品のようにリボンが付いているわけではないのでみんな悪戦苦闘している(笑)。たまたま左親指の爪を伸ばしていたので蓋と台の境目に爪を入れてようやく開ける。隣に並んだオヤジにも指南したが、それでも悪戦苦闘しているのを見かねて切れ目だけ入れてやる。どこにサインしてもらおうか考えていたら、前に並んでいたオヤジは器用に台を外して背中の紙を取り出していた。ナルホド、そこは保護されているのだから上手い考えだ。みんな盤面にしてもらっているので私も盤面にサインしてもらった。

サインの貰い方を見ていると女性は結構為書きを要求している。為書きをがあるとサインの価値は落ちるんだよ~(笑)。さて、何人がヤフオクにアップするのかなぁ、と思ったら現時点で1枚も上がっていない。ちょっと心が黒すぎるか。

後になって気づいたが日付を入れて貰えば良かった(さもなければ当日のパンフレットに)。もっとも米国在住のロシア人に英語で話しかける自信がないからその時気づいたとしても出来なかっただろうが。

撮影は野放しだったので結構みんな携帯で撮っていたが、余りにも酷かったので私がサインをもらうところを知人が撮ろうとしたらマネージャー(?)に邪魔された。まあ、CDも買わずにミーハ気分でオバちゃん達がヘンなシャッター音を延々と鳴らし続けていれば仕方ないか。一応、並んでいる時にこっそり1枚撮ったけど。写真の女性はCDではなく楽譜にサインをねだっていた。
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そのまま半蔵門線で帰っても良かったのだが、知人が憤懣やる方ないといった感じだったので新宿方面に帰るのに秋葉原までおつき合いした。

2日連続、業後にかけずり回ったのでヘトヘトだ。土日はどこへも出たくない。

【P.S.】
クラシックを分かっている人の感想が読みたい方はこちらへどうぞ。(順不同)

「ゴロウ日記」 即決、セルゲイ・シェプキン
http://www.gorodiary.com/archives/2007_3_2_343.php
「2+12 Life」 シェプキンのゴルトベルク変奏曲
http://osuga.livedoor.biz/archives/50980794.html
「あもるくんの日々」 セルゲイ・シェプキンのコンサート。
http://ameblo.jp/amoru-kun/entry-10026989463.html
「あぁ、そうだったのか的備忘ログ」
セルゲイ・シェプキンのゴルトベルク変奏曲
http://plaza.rakuten.co.jp/ponchiki1122/diary/200703030000
「とろはまち の とりとめのないはなし」
シェプキンのゴルトベルクを聴きに行く。
http://blogs.yahoo.co.jp/torohamati/45263035.html
「『こたつ』の音楽日誌」 弥生。
http://storekeeper.at.webry.info/200703/article_1.html
「なるべく統計学を中心に書くよう努めます。」
シェプキンは初来日だったのか。知らなかった。
http://ruimiu.exblog.jp/5260581/
「みみながコレクション・ぷらす」 ゴルドベルク変奏曲
http://miminaga.exblog.jp/5643746/
「大人からはじめたヴァイオリン」
セルゲイ・シェプキン ゴルトベルク変奏曲:Concert Report
http://nao5656.exblog.jp/5640745/
「とにゃりん。備忘録」 ゴルトベルク変奏曲そして、とにゃりんのお説教
http://tnysatchmo.exblog.jp/5258041/
「sans-souci」
すみだトリフォニーホール「ゴルトベルク変奏曲」セルゲイ・シェプキン
←「朝日新聞」のコンサート評全文あり
http://minuityyy.blog68.fc2.com/blog-entry-122.html
「蕩尽伝説」 歓喜のバッハ
http://www.mypress.jp/v2_writers/devenir/story/?story_id=1578935

メジャーなコンサートでもないのにこんなに一杯(しかもエキブロだけ5人も!)書いているのにビックリ。
同じコンサートを聴いても十人十色の評価。
私に一番近いのは「torohamati」さんかなぁ。

確かに咳込む音は聞こえました。料金と客の質は比例するのでしょうかねぇ。

【P.S.2】
「torohamati」さんのところで紹介されていたグールドの映像。
グールド唄いまくりです。必見!

Gould plays Goldberg Variations Aria & var.1-7
http://www.youtube.com/watch?v=IJhs2tSoP5c
Gould plays Goldberg Variations var.8-14
http://www.youtube.com/watch?v=UzO0XWcnA38
Gould plays Goldberg Variations var.15-17
http://www.youtube.com/watch?v=9XsExacnVoM
Gould plays Goldberg Variations var.18-24
http://www.youtube.com/watch?v=WZ0SVYf0-Qc
Gould plays Goldberg Variations var.25
http://www.youtube.com/watch?v=zcA-XtPgTLw
Gould plays Goldberg Variations var.26-30 & Aria Da Capo
http://www.youtube.com/watch?v=YOaeJhcCtbE

直前に出た朝日新聞の記事
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by haruhico | 2007-03-05 01:02 | 書評 | Trackback | Comments(2)
古武術とカステラとカツ丼
毎度書いているが、ここ数年映画は年に1本見ればいい方だったのだが、結果として去年は3本見ることになった。

年も押し迫った仕事納めの日。午前中大掃除の後、軽くビールを飲みながら昼食を取り、そそくさと渋谷に向かった。本当は「あきば理容」で髪を切ってから行きたかったのだが、14:30の次が19:00というふざけたスケジュール(上映時間は90分)なので、渋谷に直行。

何を見に行ったのかというと、「甲野善紀身体操作術」というドキュメンタリー映画。甲野善紀氏という古武術研究家に関わった数人からのインタビュー(中心は岡田慎一郎氏、名越康文氏、中島章夫氏、足立真穂女史の4人)と甲野氏自身へのインタビューと研究会の様子の映像をまとめたもの。

甲野氏を知ったのは10年以上前に「近代麻雀ゴールド」という麻雀劇画誌に連載されていた「マル秘牌の音ストーリーズ」という漫画だった。最初は話題の中心である桜井"マギー司郎"章一に興味を抱く古武術研究家というスタンスでの登場だったが、作者のみやわき氏と甲野氏が共通の趣味を多く持っていたため意気投合し、連載の中で甲野氏の術理(「井桁術理」を発見した当時)の解説まで行われていた。

読んだ当初は何となく分かったような分からないような感じだったが、甲野善紀という人物に興味を持って、その後何冊か著作を読んでいた。その中で、日本人の身体の運用法が明治維新を境にがらっと変わってしまっているという指摘に大変感銘を受けた。

例えば、「走る」という動作は江戸時代以前では"特殊能力"であって、一般庶民は速く走ることができなかったという(cf.「古武術の発見」P.78)。古い絵を見ると火事噴火といった非常時に逃げまどう際も、当時の庶民は両手を前や上に掲げて(火事の図の真ん中あたりが特に顕著)逃げていることが分かる。両腕を振って(=身体をねじって)走るという動作は明治維新以降、西洋式の軍事教練を通じて日本人にもたらされたと甲野氏は言う。それがいわゆる「ためない、ねじらない、うねらない」の三原則に通じている。

しばらくして体を鍛えるために柔道や合気道をやっている友人から甲野氏の名前が出て驚いた。彼も興味を持っていたらしくて何冊か著作を読ませると彼なりに術理を解釈していくつかの技を私相手に使えるようになっていた。そんなことをしている間に桑田真澄の復活劇によって甲野氏が表舞台へ引っ張り出され、あちこちで講演を行うようになったので、友人も甲野氏の技を実体験する機会を得た。帰ってきて曰く、何がなんだか分からないうちに技をかけられた、と彼も甲野氏の技を体験した人が異口同音に言う感想を口にした。

だから、世間一般の甲野氏に全く接点のない人よりも、多少なりともその術理の真実味を分かっているつもりである。

あらかじめ、HPを見て、キャパは30人程度、著書を持参すると300円割引という調べも付いている。「武術で知る心身不離の世界」(合気ニュース)や「人との出会いが武術を拓く」(壮神社)といった初期のマニアックな本を持っていこうかとも思ったが、新本で買って未読の「武術を語る」(徳間文庫)にした。

まさか、あるとは思わなかったが、映画を見に行く前のお約束として前田有一の超映画批評をのぞいたら、40点(笑)。ただしよく読むと、一見さん視点なので、自分の感じ方とは多分違うであろう。

渋谷駅を降りて109を右手に曲がり東急本店の横の細い道を進む。およそ映画館とは縁がなさそうな通りである。ローソンの手前らしいのでローソンの看板を探して歩くと何の変哲もない建物の中がそうらしい。とりあえず外にポスターが出ている。
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入ってすぐがエレベーターで2階に上がる。出ると狭い通路に4人ほど並んでいる。まだ上映時間まで20分もあるのに。後から階段を上がってきた人が数人。前の兄ちゃんは近著の「武学探究 巻之二」(冬弓舎)を持っていた。なかなか通だ。

10分ほど並んでいると、係員が出てきて「整理番号1番から10番の方~」と呼び出す。列の前と後ろからゾロゾロと入り出す。ええっ!整理券があるなんて聞いてないよ~!(正確に言うとHPで見て知っていたが忘れていた・笑)

中に入って驚いたのは椅子の種類がバラバラなこと。真ん中の席が空いていたので座ろうとしたが、どうも落ち着かないので脇のガッチリした椅子に座る。腰のあたりにクッションがあってまずまずの座り心地。見渡すと女性が5,6名で他は全て男性。時間帯のせいもあって予想外にお年寄りが多い。上映開始時点では空席もあったが、上演中(しかも相当進んだ頃・笑)にも何人か入ってきてだいたい満席になった。

甲野氏が写っている場面と写っていない場面が半々か4:6くらいの感じ。甲野氏の「随感録」(日記)の愛読者なので何度も名前が出てくる岡田氏や中島氏を初めて見る。名越氏は「グータン」などで既に見ており、胡散臭いオッサンやなぁ、という印象を今回更に強くした。岡田氏が想像以上若いのには驚く。甲野氏絶賛の敏腕編集者の足立女史もバリバリのキャリアウーマンを想像していただけに別の意味で驚く。

前田氏が危惧しているとおり、メインに話す4人が全て"甲野氏側の人"なので、波の下だの四方輪だの平蜘蛛返しといった術語がバンバン飛び交う。ちょっと甲野氏に興味を持った程度の人が見に行ってもチンプンカンプンだろう(言わんとしていることが伝わらないわけではないが)。インタビュワーである監督がもっとこっち側に立たないと、甲野氏の術理を広く知らしめたいという意図は実現しないだろう。

あと前の席のど真ん中に座高の高い人間が座ったので、字幕がよく見えずに往生した。そうでなくてもこの監督は字幕の使い方が下手で、ちゃんと聞き取れてわざわざ起こす必要のない字幕を出したり、聞き取りづらくて字幕の欲しいところに出なかったりする。ナレーションを省いているのだから場面場面で説明の字幕が必要なのに、下の真ん中に集中しているために頭を動かさざるを得なくてその度ごとに集中力が殺がれた。和風の内容からして、字幕を右側に縦書きするのが筋だと思うが、そうしないのはセンスの問題か。

最悪だったのは手裏剣術の撮影方法で、甲野氏の手元だけ映して肝心の手裏剣の軌跡は3回に1回(それも偶然に)しか映らない。これでは甲野氏がなぜ手裏剣に拘るのか、あの距離から打つことの難しさや、巷間言われている手裏剣術の誤りなどが全然伝わらない。甲野氏の技自体、以前NHKの人間講座を録画してコマ送りしても動きが分からないほどなのだから、細かな部分をいくらアップしてもムダで、もっと大所高所から撮って欲しかった。

ドキュメンタリーということで、フェンシングやラグビーや合気道や総合格闘技の選手たちが手もなく甲野氏に捻られるシーンも淡々と描かれていて(体格差のあるラグビーのコーチ陣のリアクションが一番面白い)、随感録に書かれている事が嘘やハッタリではないことが伝わる。

甲野氏の発言では、「今のスポーツは鍛えようとして逆に身体を壊している。本来鍛えるとは壊れないようにすることではないか」というのが一番分かりやすく興味深い。古武術で復活した桑田の相方の某番長はこの言葉をどう聞くか

スポーツ以外にもフルートの演奏姿勢や介護の抱き起こし方などに応用するシーンもあり、見ていると固定観念に対する疑問や広い問題意識を持たされる。

活字でしか甲野氏を知らない人間にとって、技が効く瞬間とはどういうモノなのかが分かるという評価はできるが、ドキュメンタリーとしては前田氏同様辛い点を付けざるを得ない。見るとしたらせめて一冊くらいは著作を読んで(その本を持って・笑)見に行くべきだろう。

映画が終わると4時。ブックファーストで参考書の棚を物色。絶版と思っていた本が結構現役でガッカリ。

その足で秋葉原へ。駅についてアキハバラデパートの閉店まであと3日しかないことに気づく。明日はのんびりしたいし、明後日は冬コミ3日目で閉店時間までに来るのはほぼ不可能。よって夕飯直前だというのに伊呂波へ向かう。

入ってすぐの物産展でアキハバラ土産を扱っていて、なぜか置かれている「誕生晋ちゃんまんじゅう」といつの間に出来たのか「太郎ちゃんの牛乳カステラ」にビビる。さすがに会社へのお土産にこれを買うわけにも行かず断念。

伊呂波はこの時間でもほぼ満席なのだが、空いた席に座ると「今日はもうカツ丼しかないんですよ」の一言。

な、なんだってぇー!

私の青春は伊呂波の「きじ丼」(現「とり丼」)とダニエルの「たこ焼」一色だったというのに、ダニエル亡き今、「きじ丼」すら食べられないなんてorz。

「明日また来てください」と言われてもねぇ。仕方ないので「カツ丼」を注文する。
a0001324_045085.jpg

490円という値段を考えると十分旨いのだが、やはり不全感は残る。最後に「きじ丼」を食べたのはいつのことだろうか。何かここのところ食べに来るといつも品切れでカツ丼を食べているような気がする(泣)。また一つ青春の思い出の味が消えていく。
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by haruhico | 2007-01-03 23:52 | 書評 | Trackback(1) | Comments(13)
「間宮兄弟」
というわけでシネ・リーブル池袋の最終回で見てきました。

原作のテレビCMを見たときから気になっていたものの、オサレな江國香織だし、未だにハードカバーが現役なので105円にならないし、ということで手にとってもいなかった。

映画化の話をどこかで聞いて、佐々木蔵之介とドランクドラゴンの塚地武雅が主役ということを知って初めて「ああ、『オサレで耽美な兄弟の話』じゃないのね」と思い、気になる映画リストには上がっていたのだが、何せ5月末から6月一杯まで6年ぶりくらいの忙しさで映画を見ようなんて気もおきず、気づいたら大半が終わっていた。今年の夏はプライスコレクション 若冲と江戸絵画展(~8/27)名取洋之助と日本工房〔1931-45〕 -報道写真とグラフィック・デザインの青春時代-(9/3)が見たいので忘れないようにメモしておこう。

見に行く前に公式サイトを見たら、浜村淳の映画解説みたいに99%のストーリーが分かってしまって大失敗。未見の方は映画のあとに見ることをオススメする。ちなみに公式サイトにあった「間宮」度診断は80%でした。

原作が未読なので比較ができないがキャスティングは文句のつけようがないのではないか。

兄の間宮明信は佐々木蔵之介。以前「いいとも」で蔵元の息子なので酒が強い、なんて話をしていたことしか記憶にない。あとはアサヒビール本生ロボっ庫のCMでしか見たことがない。役柄がビール会社の商品開発研究員でビールが大好きという設定からも当然アサヒビールが協賛しているだろうな、と思ったのだが、カットカットに出てくるビールがなかなかアップにならず、本生のように色つきの缶でもない。

以前見た「ミスタールーキー」は主人公の長嶋一茂がビール会社の営業マンだった為にアサヒスーパードライが出まくっていたのに、今回はどうしたのだろう?と思っていたら、エンディングで協力 サッポロビールのテロップが(笑)。いいのか?アサヒ。

生真面目でちょっととぼけたお兄ちゃん役を好演。ほとんど地のような気もするが(笑)。弟のオタク度を示すシーンは多々あるのだが、お兄ちゃんにはそういうシーンが皆無なのが残念(塩むすびとクロスワードくらいか)。絶対タダ者ではないだろうに。

弟の間宮徹信は塚地武雅(ドランクドラゴン)。最近のお笑い番組をほとんど見ないので顔を知っている程度。体型的に近いモノがあるのでどちらかといえば弟に感情移入しながら見た。

コントでいくつもの人格を演じているからか取り立てて破綻もなく「いいひと。」的キャラを演じきって好感度アップだろう。それにしてもボッタクリバーの女は何で「コーヒー牛乳でヘミングウェイを語ろう」などと言えたのか。お前はストーカーかよ!

ヒロインの1人葛原依子は常盤貴子。どう見ても高木美保にしか見えないんですけど。
逆メガネっ子というか、美人がダサダサのカッコで眼鏡をかけるのもサマになります。モノポリーの際に浴衣の裾をはだけて徹信を誘惑するあたり女を捨てていてナイスです。

見ていて気になったのが、何でいつも「クズハラヨリコ先生」とフルネームで呼ばれていたのか?同姓の先生でもいるのだろうか。

もう1人のヒロイン本間直美は沢尻エリカ。最近のドラマを全然見ないし、ダメ監督井筒の在日映画の主役という点で全く興味のない女優。健康的で死なないヒロインは久々らしい。日仏のハーフで本名らしいけど、グラビアアイドルならまだしも、女優の芸名に「尻」があるのはどうかと思うぞスターダスト。個人的に鈴木京香-小雪に連なる顔立ちと思った(小雪は最近ゴツゴツしてきたが)。今気づいたけどYJ制コレ準グランプリか。でも嫌い。

役柄のせいもあって印象最悪。かつて大河の「秀吉」で「淀君」役の松たか子に殺意すら憶えたが、その伝で行けば演技力は誉めていい。ただ、その後の松たか子を見る限りあのときの悪印象は根拠のないモノではなかったと思うが。

後半から目立ってくる本間夕美は北川"セーラーマーズ"景子。女王様キャラが板に付いていて恋人のオカマっぽい玉木をミニハリセンでシバキまくる(笑)。いよっ、レイちゃん!

母親役の中島みゆきは大正解だと思う。この浮き世離れっぷりはこの人にしか出せない味だ。さらに彼女の母親が加藤治子というのも首が痛くなるくらい頷ける。この親子は絶対にアリだ。

明信の上司役高嶋政宏を夾んで三角関係を演じるのが戸田菜穂(「ええにょぼ」)と岩崎ひろみ(「ふたりっ子」)の朝ドラ女優。

高嶋政宏はハイテンションな佐藤浩市にしか見えない
今度双子役で共演して欲しいくらいだ。戸田菜穂をじっくり見るのは多分今回が初めてだが、これなら酒井美紀の方がいい(爆)。岩崎ひろみは気の強いキャリアウーマン役だがちょっと痛々しい。

ストーリー的には小さなエピソードを淡々と繋げてオチらしいオチもない("衝撃"のどんでん返しがあるにはあるが・笑)。1時間半を過ぎたあたりから暗転するごとに何時エンディングになるかビクビクするくらいどこで終わっても良いようなお話。主役4人が時折見せるコミカルな動きに笑えるかどうかでこの作品の評価は別れると思う。私は結構好感が持てた。

映画で一番気になったのは間宮家の本棚。他人の家に行くと本棚をチェックしてしまう性分の私にとってピンがほとんど本棚に合わないのが苦痛(笑)だった。DVDだと画面が小さすぎて更に識別不能だろう。とりあえず分かったのは「こち亀」全巻?と「謎学の旅」(二見書房)と司馬遼太郎のハードカバーとマンガ世界の歴史と辞書いろいろ。エンディングには「ブックオフコーポレーション」の文字が。アレは不良在庫105円コーナーからかき集めてきたな(爆)。道理でコレクションと言うには方向性がなくて、新しい本がないと思った。

ちなみにコレはウチの本棚。間宮家の1/3くらいしかない。

今回はシネ・リーブルの200円引きクーポンを使って1600円で見たが、まあ金返せ!とは言わないレベルでよかった。邦画なのでDVDは多分買わない。去年見た「チーム・アメリカ」なんて期間限定とはいえもう1500円になってやんの。amazonで買ってまだ見てないのに(爆)。
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by haruhico | 2006-07-09 21:56 | 書評 | Trackback | Comments(0)
「徳永英明」初段への道
徳永英明 「VOCALIST

01.時代
02.ハナミズキ
03.駅
04.異邦人
05.シルエット・ロマンス
06.LOVE LOVE LOVE
07.秋桜
08.涙そうそう
09.オリビアを聴きながら
10.ダンスはうまく踊れない
11.会いたい
12.翼をください
13.卒業写真

ずっとレビューを書こうと思いつつなかなか手が付けられなかった徳永英明の「VOCALIST」。同時期に槇原の「LISTEN TO THE MUSIC2」が出たのでどちらを聴こうか悩んだのだが、新星堂の店頭で2枚を聴き比べて即決した。

前回、「LISTEN TO THE MUSIC」を3枚のカバーアルバムの中で1番の評価をしたのだが、今回の「2」はハッキリ言ってダメダメである。選曲ミスというか悪い意味でなんでもアリでとっ散らかった上にアレンジを前回よりもいじったために原曲の良さが台無し。結構期待していただけに幻滅した。

そこでこの「VOCALIST」だが、女性のバラードだけをカバーするという明確なコンセプトと、誰もが知っているメジャー曲ばかりの選曲。全てのリスナーに原曲との比較をされる覚悟がそこに感じられる。さらにアコースティックなアレンジで原曲の雰囲気をなるべく損なわないように(「異邦人」だけはちょっと離れている)なっており、聴く方は純粋にVocalの差だけに集中できる。

惜しむらくはそのために全体の曲調が似てしまって山と谷の差が少ないことか。BGMとしてぼーっと聴くには邪魔にならなくていいとも言えるが。

総論としてはどの曲も「徳永英明オリジナル曲」として通用するレベルまで消化されており、どういう唄い方が徳永英明を徳永英明たらしめているか、というエッセンスが凝縮されている。特に「LOVE LOVE LOVE」と「涙そうそう」と「翼をください」は徳永色が強く出ていると感じる。

中学の友人が安全地帯の「ENDLESS」2枚目冒頭にある「小さい秋みつけた」を指して、「この曲に玉置浩二のテクニック全てが詰まっている」と曰ったが、さしずめこのアルバムは1度聴いただけで徳永英明のモノマネが確実に上達するアルバムと言えるだろう。あいにくずっと風邪気味のため、まだその効果を試していないのだが。
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by haruhico | 2005-11-20 22:57 | 書評 | Trackback | Comments(0)
文庫化キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
ネタ元:漱石の「坊ちゃん」を"読んだ"ことがありますか?Part2

表題は今朝(3/18)の東京新聞を読んでいた感想。

どんな装丁か楽しみにしていたら、

贋作「坊っちゃん」殺人事件 集英社文庫 や 33-1
http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?ISBN_CD=4-08-747803-3&mode=1



・・・何ですか、この全くやる気のない表紙はorz。

集英社は推理小説として売る気があるのか、バカタレが。解説を三浦雅士に頼んでいるあたり全く空気が読めていない可能性高し。

不幸な集英社文庫といえば、平石貴樹の「だれもがポオを愛していた」(1985)を思い出す。平石も文学賞出身(すばる文学賞)で、この作品が推理小説として真っ当な評価を得たのは集英社文庫(1990)で文庫化された7年後に創元推理文庫で復刊(1997)してからだ。

朝日文庫でなかった事は目出度い限り(爆)だが、先が思いやられる。

ハードカバー(1545円)で買うのはちょっと、と思われていた方には朗報ですが中小の書店では4月の新刊が出た時に淘汰されかねないのでお早めに。
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by haruhico | 2005-03-19 00:54 | 書評 | Trackback(1) | Comments(4)
愛用(?)の国語辞典
元ネタ:「メールを入れる」とは、何に入れる?

今日はネタ枯れなのでxiaoxiaさんの所へTB。

>大分前ですが、朝日新聞の天声人語(だったと思う)を読んでいて、
>「メールを入れる」という表現に出くわしました。
>世間的には、メールって「入れる」ものなのですね。
>具体的には、「入れる」の対象は、何でしょうか。

感性の摩滅というか、私は普通に「(出先から)メール入れといてください」などという風に使って、全く不思議に思わなかった。

xiaoxiaさんは「類語辞典」と書かれているが、国語辞典はどうなのだろうか。Webから検索してみると、
「大辞泉」
>10 相手に連絡する。「電話を―・れる」「第一報を―・れる」

「大辞林」
>⑤ある作用を外から加える。
>4 (「連絡を入れる」「電話を入れる」などの形で)…に連絡をする。

と、さすが大部な国語辞典に遺漏はない。どちらも手段がメールに変わっただけで、連絡を取ることには違いない。 (第5版の「広辞苑」はWebにも手元にもないので不明。手元の第2版増補版には口語の「入れる」という項目すらない!あるのは「いる(下二・文語)」だけ・爆)

ちなみに、手元の大石初太郎「新解国語辞典」(小学館)には該当する項目がなかった。山田俊雄他「新潮現代国語辞典」(新潮社)(リンク先は第2版)では俗語として
>12[俗](電話を相手に)かける。
とある(初版第1刷による)。

長らく「新解国語辞典」を愛用してきたのだが、大学受験の際に林巨樹「現代国語例解辞典」(小学館)(リンク先は第3版)に乗り替えた。こちらは
>7 受け取り手に渡す。納める。届ける。「食費を入れる」「証書を入れる」
>「わびを入れる」「電話を入れる」「質に入れる」
と一味違うまとめ方をしている(以下も全て初版第23刷による)。これを見てから「大辞泉」や「大辞林」の語義を見ると、実は「第一報を相手に連絡する」や「連絡を連絡する」という風に説明になっていないことが分かる(笑)。

近頃はWebから「大辞泉」や「大辞林」が引けるので、国語辞典を繙くことはめっきり減ってしまったが、この辞書だけは手放せない。語義に関しては類書と五十歩百歩だろうが、この辞書にしかない(最近本屋で確認していないのでパチモンがあるかもしれないが)特色があるからだ。この点に関してはWeb版の「大辞泉」や「大辞林」も叶わない。左翼の殿堂「広辞苑」は言うも更なり(詳しくはライフログにある「広辞苑の嘘」をどうぞ)。

その特色とは…
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by haruhico | 2005-02-08 20:58 | 書評 | Trackback(1) | Comments(4)
漱石の「坊ちゃん」を"読んだ"ことがありますか?Part2
親譲りのケチん坊で子供の頃から損ばかりしている。

正月の記事を書く際の下調べで、とある推理小説を発見して以来頭からそいつが離れない。Amazonで調べると出版元は朝日新聞社だという。なに、1575円くらい財布の中に何時でもあるが、朝日新聞に金を恵んでやるくらいならブックオフで買った方がよっぽどいい。105円コーナーにあれば万々歳だ。

正月からブックオフに行ってハタと気づいたのだが、作者の名前を憶えてくるのを忘れた。仕方がないので「このミス」のバックナンバーを片っ端から立ち読み(笑)する。面白ければランクインしている筈だから、それを見ればいいと思ったのだ。

しかし、読めども読めども出て来ない。目立つタイトルだから見落としはないと思うが、過去5年まで遡っても巻末の審査対象となる小説の一覧以外全く触れられていなかった。それ以降ブックオフを数軒見て回ったが、同じ作者の他の本は2、3冊見かけたものの肝心の1冊が見つからない。仕方がないので高田馬場の芳林堂書店で泣く泣く購入した。


柳 広司「贋作『坊っちゃん』殺人事件」(朝日新聞社・2001)

表紙は「赤シャツ」と「野だ」が頭に描いたはずの「ターナー」の絵らしい。なんとも小憎らしい装丁だ。

内容は「坊っちゃん」の後日譚の体裁を取っている。

版元のアオリは

松山から東京に戻った3年後、山嵐と再会した“坊っちゃん”。赤シャツの自殺の真相をさぐるため、2人は再び松山に向かったが……明治日本を裏側からみた驚愕の結末!

というものだ。何でも「朝日新人文学賞」受賞作らしい。聞いたこともない文学賞だ。15回もやっているのに知った顔が馬券オヤジの乗峯栄一しかいない。大方ロクな賞ではあるまい。

漱石を基にして書かれた推理小説といえば"無冠の帝王"にして"推理小説界の欽ちゃん"である島田荘司の直木賞候補「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」(集英社・1984)がある。奥泉光の「『吾輩は猫である』殺人事件」(新潮社・1996)というのもあるらしいが、あんな鰹節削りみたいな分厚い本はせっかちの江戸っ子には我慢ならんので未読だ。未読の本をしたり顔で語るほどおれは軽薄ではない。

そういえば山田風太郎の「黄色い下宿人」(初出 「宝石」1953/12 「眼中の悪魔」光文社文庫に収録)というのもある。これはホームズ譚の贋作(パスティーシュ)で漱石は一登場人物に過ぎない。

既存の小説の続きに推理小説を持ってくる手口といえば岡田鯱彦の「源氏物語殺人事件(薫大将と匂の宮)」(初出 「宝石」1951/4)がある。源氏物語の宇治十帖の続きを本郷の古本屋で手に入れたという設定で、紫式部と清少納言が推理合戦を繰り広げるという筋だ。戦後直ぐの小説だから用紙制限もあって内容の割に短い。今は亡き旺文社文庫が最初に文庫化したが、現在は扶桑社文庫で手に入る。長尾誠夫の第4回サントリーミステリー大賞読者賞「源氏物語人殺し絵巻」(文芸春秋社・1986)というのもある。その内読もうと思っていて未だに読んでいない。要は手口としてそんなに新味のあるものではないということだ。

山手線に乗るなり読み始める。冒頭の2ページを見れば分かるように本文の2/3は「坊っちゃん」の表現そのままだ。成る程「贋作」と銘打つだけのことはある。

大半の読者は遠い昔に「坊っちゃん」を読んだ程度だからこれくらいクドい方がいいのだろうが、こちとら半日も経たない内に読了したばかりだ。行きと帰りに別の道を通りたがる「武蔵野」精神の持ち主であるおれには大変苦痛であった。これから読む人は「坊っちゃん」を読んで1週間くらいしてからこちらを読むことをお勧めしておく。

街鉄の技師になって3年になる「おれ」のところに炭鉱で働いていた「山嵐」がやってきて、天誅を加えた翌日に「赤シャツ」が無人島の青島にある「ターナーの松」で首を縊って自殺したという。真相を探りに松山に降りたった2人は事件後「野だ」が癲狂院に入れられたことを知る。「野だ」は毎日毎日「ターナーの松」に縊られた「赤シャツ」と「マドンナ」の絵を書きつづけていた…。

野だがどんな赤シャツの絵を書いているのか一寸引用してみよう。
野だは、最後に絵筆を持ち替え、男の襟元にさっと一刷毛の朱色をはいた。白と黒の絵の中で唯一の色-途端にそれは男が身につけた赤い色のシャツとなって浮かび上がる。(P.56・太字はharuhicoによる)
流石に(笑)作者に手落ちはない。

既視感(デジャヴ)に辟易しながら読み進めると、だんだん「坊っちゃん」という小説が肝心なことを何も説明せずに猛スピードでオチをつけてしまった事が明らかになる。

なぜ、「おれ」が天婦羅や団子を食ったことが学校中に知れ渡っていたのか。
なぜ、生徒の出した幾何の問題も解けないような「おれ」が呼ばれたのか。
なぜ、バッタが布団の中に入っていたのか。
なぜ、寄宿舎で暴れた生徒はシラを切り通したのか。
なぜ、「おれ」の前任者のことを誰も語らなかったのか。
なぜ、船中の「赤シャツ」と「野だ」の会話が途切れ途切れなのか。
なぜ、「山嵐」が周旋した「いか銀」の下宿に「野だ」が住んだのか。
なぜ、清からの手紙は遅れて届いたのか。
なぜ、寛大な措置を取ることに「野だ」は「徹頭徹尾賛成」なのか。
なぜ、中学と師範は喧嘩になったのか。
なぜ、新聞記事に「6号活字の訂正」しか出なかったのか。
なぜ、「山嵐」は免職になり、「おれ」は辞表を出す必要がなかったのか。
なぜ、「山嵐」と「赤シャツ」は「到底両立しない人間」なのか。
なぜ、「赤シャツ」と「野だ」は巡査を呼びにいかなかったのか。
etc.

この質問をされて、該当の個所が分からないような唐変木はさっさと「坊っちゃん」を読み直すことだ。手元に文庫がなきゃ「青空文庫」で全文検索するがいい。

放置された謎に適当な解を当てはめていく過程で「おれ」の目の前に広がる風景はガラリと入れ替わり、突如床板を踏み抜いて転落したような錯覚を受ける。「火事が凍って石が豆腐になる」とはこのことだ。これだけの「ドンデン返し」は山田風太郎の「十三角関係」(大日本雄弁会講談社・1956)か麻耶雄嵩のデビュー作「翼ある闇」(講談社・1991)くらいしか思い当たらない。

だが、踏み抜いた床板の厚さは2作の比ではない。なにせ小学校からの思い込みが全て崩れ去るのだから。

途中で「朝日新人文学賞」の応募作であることを知っていると嗤える記述があって、よくこんな小説を朝日新聞は受賞させたものだし、作者も送りつけたものだと感心するのだが、最終章でその感心もひっくり返される。なるほど賞に受かるとはこういうことかと合点する。審査員と喧嘩して賞を取った話など古今東西見当たるまい。(ちなみに審査員のなかには前述の奥泉光がいる・笑)

読了までおよそ2時間半。一気呵成に読み終えた。昨今の新本格キチガイは、犯人探しだの、動機探しだの、トリック探しだの、そういう事ばかりやってるからこの本の価値が分からんのか、「坊っちゃん」自体を読んだ事がない「ゆとり教育」世代なのか、「このミス2002年度版」で黙殺されるような推理小説では決してない。大方日本近現代史の授業中も推理小説ばかり読んでいたのだろう。

京極堂だの森だの清涼院だのを有難がる輩が多いが、ワープロで400000字以上打つのが偉いなら、タイピストはみんなノーベル文学賞だ。たかだか200ページほどの単行本だが十分満足した。ベスト10は厳しいかもしれないが、ベスト20には絶対入れたい傑作だと推奨しておく。

どう考えてもテレビ化は不可能(笑)な作品なので、中身を知りたければ、立ち読みするなり、図書館に頼むなり朝日新聞に金が行かないように行動するのが賢明だろう。間違っても万引きなどはしないように。単行本が出て3年程経つのでそろそろ文庫化してもおかしくない。出来れば創元推理文庫あたりで文庫化してくれないだろうか。
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by haruhico | 2005-01-16 16:07 | 書評 | Trackback(5) | Comments(7)
裏番組をぶっ飛ばせ!
オーダーメイド~幸せ色の紳士服店~|NHK月曜ドラマシリーズ
http://www3.nhk.or.jp/mon9/

寄り道して帰ってきてテレビ欄を眺めると、21時15分から信じられないドラマをやっていた。

ドラマ化なんて聞いてないよ~!

原作は高梨みどり(「モーニング」不定期連載)で単行本は全て持っている。



改めて並べてみると統一感のない表紙だな(苦笑)。1巻ごとの発売間隔が長かったせいで、家でも並べたことないや。

しかし、よくこんなマイナー漫画を見つけてきたもんだ。

見始めたのは21時40分過ぎでコンクールに出品したところ。あ、父親役が長塚京三。うわぁハマリ役だよ。母親役が竹下景子…美人過ぎるけどまぁいいか。ところで主人公の花梨役は…誰これ?

髪がセミロング(せめて後ろでまとめなさい!)だし、セリフ棒読みだし、美人過ぎるし(爆)。この顔一人称が「俺」というのはどう見てもおかしい。

NHKの連ドラ要員なら高野志穂なんかがよかったんじゃない?あとはちょっと売れちゃったけど須藤理彩とか。ヌードCM後の宮地真緒はちとマズイか。

錦糸館の因業親父は黒部(悪代官)進かよ!何、親父が錦糸館を飛び出したの?重さんの立場はどうなるの?五井会長は丹波さんかよ!アンタは2話から登場のはずでは???脇役陣豪華すぎ。

ところで、何でスーツのコンテストをわざわざ海沿いの教会なんかでやるの?(「テーラー楠」って下町のテーラーだろ)製作の関係で舞台が名古屋だし。

原作では宮様が登場するけど、五井会長がその代わりですかい。

え、重さんって徳井(引越しのサカイ)優?それって単なる使いっ走りじゃない(爆)。

うーむ。キャラ設定を結構いじっちゃってるな、意味なく。

第1回の最後が第2回の導入部。あら、隼人君の回ですか。うーむ、それにしては貧弱な体だこと…。

原作がいい話だから忠実に作ればオトナ向けのちゃんとしたドラマになるはずなのに、脚本家がダメっぽい。職人の「いい仕事」が人々を幸せにするというメインテーマを無視して、単なる恋愛ドラマになりそうな予感がする。そーゆーのは裏番組に任せなさい!

来週は早速色恋沙汰になりそうだから、見るの止めよ。第1話の再放送もないみたいだし。

全7巻の原作をたかだか5回で何が出来るかって感じ。原作はスバラシイので、ドラマが気に入った人は是非読んでください。講談社はドラマ化しても増刷しそうもない(爆)ので本屋で買う方はお早めに。
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by haruhico | 2004-11-29 23:47 | 書評 | Trackback | Comments(6)