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雖然知道但無法停止
by haruhico
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DQN枠は健在
ちょっと前だが、生活弱者のための地域広告専門紙(朝夕刊3250円/月)頭狂新聞に読むに耐えないコラムが載っていた。元々、山口二郎だの関根秀一郎だのドラ・トーザンだの高出力の電波ゆんゆんな執筆者を好きこのんで使っているのは百も承知だが、さすがに今回は目を疑った。

本音のコラム(金原ひとみ) 2010/01/21
大義名分の怖さ

 たまに電車に乗ると目に入るのが「家でやろう」というポスターだ。何か食ってる奴とか、音楽聞いてる奴の絵が描かれてるあれだ。ユーモア気取りで嫌な感じだとは思っていたが、ちょっと前に化粧をしてる女の絵があった。化粧の何がいけないの?恥ずかしいって事なの?と一緒にいた夫に聞くと「年配の人にとって化粧は隠れてするものだったから、トイレみたいなんじゃない?」と返された。でもそれって「迷惑」っていうより「不愉快」って域だろう。
 不快な他人の行動なんて限りなくあるわけで、何で化粧がスケープゴートになったかといえばクレームが多かったからで、何でクレームが多いかといえば「欧米では人前で化粧するのは娼婦だけ」とか「羞じらいあっての大和撫子」的な下らない大義名分が立てやすかっただけなんじゃないだろうか。同じく電車のマナーで、携帯がペースメーカーに誤作動を与えたという報告は世界に一例もなく、電車で使用制限を設けてるのは日本だけだとも聞いた事がある。
 この種の批判は一度一般化して力を持つと根拠が問われる事はないようだ。そして大義名分の陰には公然とは言えない感情があったりするから恐い。小学校で誰かが冗談でゴキブリと呼んだ男の子が、以来本当にゴキブリのように扱われ続けた事があった。(小説家)
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たしかに「家でやろう」のポスターが面白いかと言えばNoだが、それと電車内の化粧の是非は別物だ。欧米だとか大和撫子だとか言う前に人としての問題ではないか。
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かつて原秀行尊師は電車内の酔っぱらいに「お前は電車に乗る権利はあるが、他人に迷惑をかける権利はない」と一喝したそうだが、金原の言う「『迷惑』っていうより『不愉快』って域」とはどういうことだろう。『迷惑』ならアウトで『不愉快』ならセーフと言いたいのか?

金原には他人を『不愉快』にさせることに対する罪悪感とか恥じらいが無いのだろう。児童文学者だという親はどういう躾をしてきたのか。それが結婚して極秘出産しているというのだから、まさにDQNの高速増殖炉。何でもダンナは集英社の担当編集者というから、自分の飯の種である嫁には逆らえないのだろう。

前任者は「民主の狗」くらたま(被害者意識丸出しの妊婦)だったのだが、DQN枠は健在ということか。
by haruhico | 2010-02-03 01:08 | 亡国
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